その場にいた誰もが、通り過ぎ行く彼女を振り返った。
肩口で切り揃えられた黒髪も、韓紅花の制服も黒のニーソックスも、さして珍しいものではない。どこにでもいる女子高生だ。真紅の瞳を隠した眼帯も、許容範囲のうちだろう。
その瑠架の姿が人目を引く理由――それはこの場において彼女の存在が異質以外の何者でもないせいだった。
国会議事堂である。
深夜に及んだ魑魅魍魎の化かし合い、もとい国民のための実直なる会議を終えた議員達が続々と議場から出てくる。その合間を縫うように、瑠架は議場へと向かっていた。
誰の顔にも疲労が滲んでいる。が、瑠架の姿を認めた途端、誰もが立ち止まり、そして振り返った。
その視線を省みることなく瑠架は進んで行く。
今日の任務は要人警護。すでに先方に話は通してあると聞いていた。
漆黒の三角錐に名が刻まれているが、席を立った者の名は全て伏せられている。次の予定が押しているのか、皆慌しく議場を出て行く。依然として座ったままでいるのは、ただ一人の男だった。
立つ素振りも見せない。ただ議論の余韻を噛み締めるかのように議場の天井を仰いでいる。
瑠架が一歩近づく。
男の座る席が事前に聞いていたデータと一致する。
姿形ともに間違いない。今夜の任務の相手だ。
若い。
瑠架は率直な感想を抱いた。
とはいえ瑠架の三倍は年を食っているだろう。整え、後ろでひとつに縛られた黒髪は、一昔の侍への敬意を示しているのだと言われている。浅黒く精悍な顔からは、まだ覇気が伺えた。
「迎えが来るとは聞いていたが」
女子高生だとは思わなかったと言外に告げながら、その男は微笑んだ。
起立した名札が男の名を告げた。
雁屋路棟(※仮名。おまかせします〜)
――若手の改革派だと言われている。その分、煙たがる人間も多い。
三島の声が瑠架の脳裏をよぎる。
ボディ・ガードはついていたが、先日襲撃にあった際、雁屋の代わりに被弾し、入院した。それで瑠架に話が回ってきたのである。
「一言も話さないんだな」
首都高速を走るリムジンの後部座席で、雁屋が呟いた。隣に座った瑠架を無遠慮に見つめる。瑠架は表情を崩さなかった。ただ、走っている車の前方を睨んでいる。流れ行く街のネオンが彼女の顔を照らした。
雁屋が嘆息する。
「家はどこだ」
瑠架が答えたら送らせる気らしい。
「聞いているだろう。この間もボディーガードが撃たれて死にかけてる。君がどんな能力を持っているのかは知らないが、とても……」
雁屋の言葉半ばで、瑠架はそれを視界に捉えた。夜の闇にまぎれ、舞い降りる人影。人ならぬ跳躍力でリムジンの上に乗り、突き出された拳が、ボンネットに食い込む。
「うわあ!」
運転手が悲鳴をあげ、ブレーキを踏む。
瞬時に瑠架は雁屋を抱きかかえ、車外へと身を躍らせた。
制御不能になったリムジンが外壁へと突っ込む。車は瞬く間に炎に包まれ、黒煙を上げた。
「な……に」
雁屋が絶句する。
「なんだ、あんたかい」
炎の中から、ゆっくりと、襲撃者が姿を現した。
舐めるように炎が皮膚を掠めても、なんら痛みを感じないようだった。火の粉を纏う髪は、鮮やかな金髪だ。パンクチックな衣装に挑発的な瞳。瑠架の姿を認めると、襲撃者――ネルガルは目を細めた。
「ファウストのドール」